AtoPブログ~政策のヒントを目指して~

AtoPブログ

政策や社会問題の解決のヒントになりそうな書籍や論文の紹介

はじめに

 

 ようこそ。当ブログの管理人です。

 

 様々な情報が生成されて大量に蓄積されていく時代に、政策に遠からず関連する様々な文献や論文を紹介するブログを目指して無理しない範囲で頑張っていこうと思います。

 

 社会の問題を解決するために政策があって、国会やメディアや書籍や市民の集まり等で議論が行われていますし、このページを見ている方の中にはそういうことに多少とも関心があると思います。

 

 ただ、世の中には様々な本は出ていても、ちゃんとした事例や定量的なデータを用いた議論や理論を知りたい、あるいはマトモな研究者・学者の書いた文献を読んでみたいという方にこの文献はどうですかという形で紹介したいというのが当ブログの目的です。

 以下にこのブログを始めた長い経緯を説明していますが、書籍や論文の検索をしたい方は脇のページ一覧からどうぞ。

 

 さて、なぜこういう押しつけがしく思われそうなブログを始めようと思ったのかと言いますと、自分のとろいタイピングの練習目的が8割(⁉)で、社会問題や政策について行われている議論が一般的に知識人と思われている人たちでも世間一般のイメージや安易な常識・固定観念に引き摺られているのではという危機感が2割です。

 

 自分のことを棚に置いておこがましい主張ではありますが、私は日本の新聞・テレビの普段の報道で働いている人達が自分の常識や信念のフレーム越しに報道してしまって問題の表層だけ取り上げられ、アカデミックでの議論や研究成果が世間に反映されずに粗雑な議論に終始してしまっていると考えさせられることもあります。

 

 メディアが不勉強というよりも、少なくとも政策分野に関しては、日本ではアカデミックの成果、もしくは大学での勉強や研究が実社会で評価されないというのが根本ではないでしょうか。大学を卒業したあとでも学び直しをしないのでいつまで経っても組織の学習が古いままになって新しい考え方が拒否されやすくなるのではと思います。文系学問に関しては、大学の教育や日本のアカデミズムが社会のニーズに応えていないという批判はあると思います。ただ、文系学問の成果を学生が学んでも社会の側が評価しないので、文系の教育はとりあえず学生が卒論を書ける程度のものしか用意されないのだと思います。私は社会の役に立たない学部を廃止しろとは全く思いませんが、日本の国立大学はダブル・メジャーや副専攻制度を置いて、社会や学生の将来キャリアに役立つと思われる授業やPBLを学生が受けるように誘導して、企業や公官庁もその意義を認めるべきだと考えております。難関国立大学の法学部に属して官僚になる人達が法律や政治・行政学を学ぶだけでは不十分だと思います。それらの学生は勉強熱心で自分の希望する省庁の政策分野も独習するとは思いますが、何の本で勉強するかは難しいですし、政策への市民の満足度を高めるためにUXを学ぼうということを思いつくのも難しいのではと思っております。経済学や経営学や統計分析や実験の手法をはじめ、文系学問でも社会学や教育学や心理学も政策問題を考える上で関わるので、大学に他学部でもそれらを学ぶことを推奨するコースはあってしかるべきではないでしょうか。

 

 行政学や今の公共政策学の標準教科書にも不満があります。行政学はどのように組織改善や改革をすればいいかの経営学的な実践指向が殆どなくて、制度の説明や組織の実態説明に力点の殆どがあることです。学生に客観的な情報やちゃんとした研究を教えるためにはそのような類の知識形態が試験を課す上で最適ですし、ちゃんと行政学を学んで行政の実態や理論と過去の改革の歴史を学ぶことも大事ですが、行政で役に立つか甚だ疑問です。公共政策学も政治学行政学と(ミクロが主の)経済学を合体させて政策の研究をしますみたいなスタイルで、社会の問題にはどういう形態の政策を選択してどういう設計をするのかという指向があまりないように思います。自分の大学院と自分の知っている範囲で世の中に流通している書籍を見ての私見ですが、同じ考えの人間は私以外にもいるようです。

 

 本当に文系学問の研究成果が役に立つかの疑問があると思います。それに対して、世の中にはこういう研究や発見があるということを紹介していこうと思います。世の中に出回っている本で日本が行うべき政策を断言している本は無数にありますし、眉唾物もあります。それらを書いている人は政策の(失敗しても)プロの官僚ではありませんし、仮説からそのまま政策が導かれることもありません。どこかの国や地域で成功した事例が他でも直接移植できるかの保証もありません。ちゃんとした実験を経ない限り、これからのあるべき政策について断言することは不可能に近いです。しかし、検討されるべき政策プランや対策が必要な社会問題を考えるには何かしらの仮説が必要で、その仮説構築のためにアカデミズムの研究成果や発見が多いに役立つと思います。それらの文献や研究を当ブログでは紹介しようと思います。

 

 例えば、「子どもの貧困」や格差社会という問題が世間で言われていて、所得の再分配として教育無償化を行えば解決するかのような、お金の問題だけに考えてしまう人です。貧しくとも家族はみんな仲良くて幸せならよいのですが、子どもの貧困に関連してシングルマザー・ファザーになっている家庭や、何かしらのトラブルや問題で就業できない両親の家庭も含みます。貧困が低学歴や低収入や非正規雇用に繋がって貧困の連鎖を生むというプロセス以外にも、それ以外の因果関係を経て子供時代の貧困が成人の貧困を生むという研究成果^1があります。当研究では明らかにされていませんが、私はACE研究という「Adverse Childhood Experience」(逆境的子供期体験)についての研究^2を読んでいると、そういう家庭での精神的なストレスや不幸な出来事(ひどい家庭では虐待やネグレクト)が「子どもの貧困」で取り上げられている子供たちの背後にあるのではと思います。

 あるいは他の家庭に比べて我慢を強いられる(相対的)貧困家庭の子供にはかなりのストレスがかかって、将来の労働意欲やスキルの形成に悪影響があるのかもしれません。そういう背景や洞察もなく、貧困家庭の例として取り上げられた例の女子高生を取り上げて「あの子供はテレビの裏側では贅沢しているので不幸ではないはず」というのはあんまりだと思います。貧困が将来のためのお金や幸福感だけではなく、人間の成長そのものや明るいはずの将来にも暗い影を落としているという認識枠組を世間で共有できればよかったと思います。子供の貧困や格差の問題はまた別の機会と文献で紹介するかもしれません。

 かなり長い「はじめ」になってしまいましたが、当ブログの方針はこんな感じです。読者の方が今後ともお付き合いしてくれるかは分かりませんし、このブログで社会が良い方向に導けるという自信も微塵としてありませんが、よろしくお願いします。それでは、ありがとうございました。

 

 

^1 阿部彩「子ども期の貧困が成人後の生活困難(デプリベーション)に 与える影響の分析」

http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/19455504.pdf

^2 Robert Anda ”The Health and Social Impact of Growing Up With Adverse Childhood Experiences The Human and Economic Costs of the Status Quo

https://thrivewa.org/wp-content/uploads/Review_of_ACE_Study_with_references_summary_table.pdf